肩のスポーツ障害
受診の多い肩のスポーツ障害のいくつかについて簡単に概略を紹介しましょう。いずれもおおよその目安であり、治療法は年齢、活動性により1人1人異なることをご了承下さい。
「痛みの原因は何か?」「手術までする必要があるか?」は正確に診断しなくてはなりません。画像で異常があるからとすぐ手術をしたり、手術しなくてはならないのに無理にリハビリを続けたりすると、かえって競技復帰が遅れたり、痛みが悪化したりしてしまいます。
スポーツ障害を専門にするドクターやPT・OTの協力体制が必須です。
とくに「投球時痛」の場合には、実際に投球フォームを確認して、痛みのでるパターンを分析してから色々な検査に入ります。
1. 肩のスポーツ障害の原因
投球やラケット動作などで肩が痛い、いわゆる「スポーツ肩障害」は大多数が手術しないで治すことができます。
しかし、ただ休んでいても痛みが起きなくなる、というものではありません。なぜ痛みが起きたのか?しっかりと判断してその原因を改善しないと運動を再開するたびに痛みが出ることになります。
肩の痛みの原因を探るチェックポイントは以下の4つです。
①インナーマッスルトレーニングをちゃんとできているか?
正常な肩は、インナーマッスル(腱板)とアウターマッスル(三角筋)の2つの筋がバランスよく動くようにできています。しかし、このバランスが悪いと腕の骨が回る中心がぶれ、腕の骨の丸い部分と肩の受け皿部分が少しずれてしまい、衝突する部分が発生してしまいます。インナーマッスルトレーニングをせずに、ベンチプレスなどアウターマッスルばかりを鍛えてしまうとこのような状態になることがあります。
②肩のストレッチがちゃんとできているか?
肩が中心をぶらさずにきれいに動くためには、関節を取り囲む袋や筋腱が動きに応じて伸びなくてはなりません。投球を続けた後、きちんとクールダウンやストレッチを行わないとこの部分が固くなったまま次の日の投球を迎えることになります。こうなると肩の動きにぶれが生じ、痛みを起こしたり関節の中を傷つけたりしてしまうのです。ストレッチの方法を正しく知る必要があります。当院のリハビリスタッフが指導しています。
③肩甲骨がちゃんと動いているか?
右腕を上げるとき正面から見て肩甲骨は時計回りに回転します。肩の関節の受け皿は肩甲骨の一部なので、この回転により受け皿は下に回り腕をしっかりと支えています。しかし、この回転が悪いと肩は不安定となってしまい、あたかも骨の丸い部分が受け皿から外れそうになってしまいます。
写真はいずれも同じような角度に手を挙げていますが、A選手に比べてB選手は肩甲骨の時計方向の動きが乏しいために丸い部分が受け皿から外れそうになっています。
また、肩甲骨は肩峰と呼ばれる肩の屋根にもつながっているので、回転の動きが悪いと腕の骨やインナーマッスルが、屋根に衝突してしまうという現象も引き起こしてしまいます。このような原因でB選手は投球動作で痛みや抜けるような感覚を感じていたのでした。
B選手には肩甲骨を動かすトレーニングを1カ月ほどしてもらい、症状を和らげることができました。
④股関節が固くないか?
投球動作やスパイク、ラケットを振る動作は肩以外に、股関節のひねりや腰のひねりが大きく関わっています。したがって、股関節の動きが悪いと肩や肘や腰に大きな負担がかかり、痛める原因になります。実際、肩の痛みが続き受診された方は、ほとんどが股関節の柔軟性が低下しています。
写真の様に選手を寝かせて股関節と膝を曲げ、下腿を外向きに回したとき、小中学生では60度以上、高校生でも45度以上は開く必要があります。
上記の①~④は適切なストレッチや筋トレの実践で改善することができます。
MRI検査などで損傷が見つかった場合でも、すぐに手術を考えるのではなく上記を改善するようなトレーニングメニューを3週間ほど続けると疼痛が軽快することが多いのです。
2. 肩のスポーツ障害の種類
(1)リトルリーグ肩
成長期の投球障害。上腕骨の骨端線(成長線)の障害です。
【症状】
小中学生にみられます。はっきりとしたきっかけが無く投球時や投球後に肩の痛みを訴えます。動きは悪くありません。痛みのあるまま無理に投げ続けると成長線のところで骨がずれてしまい肩の変形をおこす場合があります。
【何でわかる】
X線で左右の肩を比べるとはっきりわかります。
【対処】
投球禁止!! レントゲンで修復像がでれば、練習再開できます。この間は筋力訓練が主となります。痛みが無ければ、バッテイングは可能です。おおよその投球再開は、投手で3~6ヶ月かかります。
(2)腱板損傷、インピンジ症候群
肩のインナーマッスルが損傷して、肩を挙げようとすると痛みが走る状態です。投球、水泳(水泳肩)、テニスで多くみられます。
【症状】
腕を動かすときに肩の痛みがありますが、夜間痛や可動域制限を来す事もあります。
【何でわかる】
診察での特徴的な痛み。ほとんどは超音波検査やMRI検査で見つけることができます。レントゲンではわかりません。
【対処】
痛い動作の停止。夜間痛や可動域制限があれば、炎症が強い証拠です。専門医へかかりましょう。
次の対処:炎症をおさえる投薬、注射をし、ストレッチ等の指導。断裂の程度によっては、漫然としたリハビリ、理学療法は時間の無駄になったり徐々に悪化させたりすることもあり、手術が早道のこともあります。
手術は当院では関節鏡で行います。(「腱板損傷に対する関節鏡手術」のページ参照)
(3)ベネット病変
投球による肩のオーバーユースによりみられる骨棘(骨のとげ)の形成です。
【症状】
ワインドアップ時に肩の後ろに痛みが走り、加速期、フォロースルー時に肩の外後方から上腕外側にかけて激痛が放散します。一度痛みが出ると、数日投げられなくなることもあります。テニスのサーブやバレーのスパイクでも同様です。
【何でわかる】
レントゲン。知覚検査。
【対処】
投球禁止、フォームチェックの上症状に変化無ければ専門医へかかりましょう。
(4)SLAP損傷(肩関節窩上関節唇複合損傷)
肩関節の受け皿に輪のようについているクッションの損傷です。投球、ラケット動作、剣道などオーバヘッドモーションでみられます。
【症状】
投球時にボールから手を離す前後に痛みが出て、上腕に放散します。
「あの一球で痛みが出た」と訴える選手が多いです。
手のひらを下にして腕を伸ばさせ、上から押さえると痛みが出ます。テニスのサーブやバレーのスパイクでも同様です。
【何でわかる】
X線ではわからず、MRI検査でもはっきりしないことが多いです。診察するとある姿勢で特に疼痛を強く訴えます。確実な診断には関節内視鏡が必要です。
【対処】
投球運動停止。フォームチェックの上、内在筋トレーニングでも症状に変化無ければ、専門医へかかりましょう。損傷が明らかで、トレーニングなどの方法で痛みが改善しない場合には関節鏡により不安定な部分を固定することで症状が楽になります。
(5)陳旧性肩鎖関節脱臼
肩の打撲後に起きた肩鎖関節のゆるみが放置されると見られます。柔道、ラグビー選手にみられることが多いです。
【症状】
腕の上下で鎖骨の端がカクカクと亜脱臼を起こします。骨棘(とげ)を形成すると腕の動きにより鈍痛がおき、持続します。
【何でわかる】
診察室で触るとすぐにわかります。骨棘はX線で確認できます。
【対処】
痛みの無いものは放置できるますが、スポーツや日常生活に支障があるのであれば専門医で手術を行います。
(6)肩甲上神経障害
肩甲骨の上の部分を走り、肩のインナーマッスルをコントロールする神経ですが、肩甲骨の動きや筋や腱により傷害されやすい場所にあります。ガングリオンと呼ばれる小さなゼリー状の腫瘤が関節の近くにできると、これにより肩甲上神経が圧迫され、筋の委縮や脱力を引き起こす場合があります。投球、テニスサーブ、バレースパイク、水泳などでみられる場合が多いです。
【症状】
棘上、棘下筋の萎縮(肩甲骨の山が目立つようになる)肩全体の疲労感。
【何でわかる】
小さな腫瘤(ガングリオン)で押さえられている場合はMRI検査ではっきり写ります。また神経が抑えられている場合、それにコントロールされている筋は正常とは違った濃さで写ります。
【対処】
スポーツを一時控えてインナーマッスルトレーニングをすすめますが、ガングリオンがある場合には手術による神経の剥離が早く治すのに有効です。
肩のスポーツ障害に対する 肩関節鏡手術
スポーツによる「肩の痛み」で手術になることは比較的少数で、大部分は肩のコンディショニングで解決します。しかし、以下の病態で症状が取れない場合、手術が必要になることがあります。
スポーツ選手の場合には関節鏡手術により、傷や瘢痕の影響をできるだけ減らし、早期復帰を図ることが望ましいです。
対象となる疾患
実際には以下のうち一つではなく、いくつか組み合わせた障害になっていることが大部分です。
①反復性肩関節脱臼
②関節唇損傷:関節の受け皿の辺縁部の損傷、①の原因となります。
③SLAP(上方関節唇)損傷:関節の受け皿の辺縁部にある輪のようなクッションの損傷、投球によりみられます。
④肩腱板損傷:インナーマッスルの損傷(「肩腱板損傷」のページを参照)
⑤ベネット病変:肩の受け皿後方にできる骨のトゲ、投球時痛の原因となります。
⑥上腕二頭筋腱損傷:力こぶの上方部分は肩関節内に細い腱でつながっています。ここを損傷する状態です。
肩は厚い三角筋、僧帽筋などの外在筋で囲まれています。しかし、肩のスポーツ障害のほとんどは、ここではなく内在筋(腱板)あるいは関節内部の損傷であることが多いのです。従来の手術法では障害のある部分に到達するにも、正常組織の侵襲が避けられず、このことがとりわけスポーツ選手では復帰を遅らせる一因となっていました。
スポーツ時にしか疼痛を感じないような病態では、通常レントゲンでは診断は困難です。この結果、「レントゲンには異常ありませんね」といわれ、あちこちのドクターをまわってみたり、医療類似行為に長年頼ったりしてしまう選手も多いのが実情です。スポーツ障害肩の状況をみる画像検査法は、関節造影MRI検査以外は困難といえるので、レントゲン、単純MRI検査などで明らかな異常所見が得られなくとも上記の可能性は否定できません。
もちろん画像検査の前にこれら疾患にみられる特有の診察所見を詳細にとること、実際のフォームチェックを行うことは前提です。
関節鏡手術の手技
全身麻酔の上、肩の前方および後方などに6mm程度の小切開を3~4ヶ所つくりここに直径4mm程度の関節鏡をいれ、他の小切開部より関節内に手術器具をいれ、テレビモニターに映る関節内の画像を見ながら手術を行います。
手術手技には、糸による縫合のほかに以下のようなものがあり、患者さんの方の損傷の状態に応じてこれらを組み合わせた処置を行います。
①スーチャーアンカーによる固定
関節唇や腱の固定にはアンカーと呼ばれる小さな釘を使用して固定する方法がとられます。これには金属ではなく、骨の中で数年で吸収され自らの骨に変わっていく材質のものが多く使われています。つまり金属は体に残りません。
糸結びは、スライディングテクニックと言われる方法で、関節鏡を見ながらしっかりとした縫合を行います。
②シェーバーによる骨の切除
内視鏡用の骨を削る器械(歯を削る器械に似ています)を用いて、トゲ状に変化した骨や軟骨を削ります。
③腱の移植
腱がすり減って縫合できない場合など、大腿など体の他の部分から採取した腱を関節鏡を見ながら継ぎ当て処置を行う場合があります。
《野球投手に対するベネット病変に対する鏡視下骨切除》
肩関節の関節窩(骨の受け皿部分)に出来た骨棘(骨のトゲ)のため、投球時痛が強く手術に至りました。関節鏡により関節内からこの場所を探し、シェーバーにて切除しました。術後3週間で投球練習へ復帰しました。
《野球投手に対するSLAP病変に対する鏡視下修復術》
肩関節の関節窩の上方部分にある関節唇が骨からはがれて、投球するたびにこの部分が引っ張られ、痛みの原因になっていました。
吸収性のアンカーをはがれたのりしろ部分に打ち込み、アンカーについている糸で関節唇を固定しました。この部分が癒合する頃、投球練習に再開しました。
肩の関節鏡手術の後は・・
手術後は翌日より三角巾での歩行が可能になり、通常通りの食事が行えます。
腱板損傷があり、これを修復した後には三角巾ではなく、枕を抱えたような装具でわきの下を少し広げた形で固定します。
抜糸は10日後ですが、手術後2日目以降に退院可能です。
2~3週の三角巾固定(腱板損傷の修復手術では4~6週)を行い、その後は各スポーツに合わせた機能訓練プログラムに従ってリハビリを行うことになります。
ベネット病変単独の場合は、1ヶ月で投球再開できます。そのほかの処置では、おおよその目安として7週で水泳、3~4ヶ月で投球練習開始、6ヶ月でスポーツ復帰となります。